万葉集 第一巻 歌番号 01/0001

泊瀬朝倉宮御宇天皇代 / 天皇御製歌

篭もよ み篭持ち 堀串もよ み堀串持ち この岡に 菜摘ます子 家聞かな 告らさね そらみつ 大和の国

読書の記録

令和5年(2023年)の6月頃だったろうか。Twitter(現X)に万葉集読書の記録の投稿をはじめた。

令和6年3月14日現在、3巻390 譬喩歌 / 紀皇女御歌一首を読むにあたり2巻122 弓削皇子思紀皇女御歌四首の感想を読み返そうとプロフィールをさかのぼったところ140あたりより前の感想は全て消えていた。

800ツイートで消える仕様なのだろうか。残念だが仕方がないのでこれからはここに感想を残す。

これまでの読書の流れは以下のとおり。

  1. まず予備知識を持たずにウィキソースで原文や書き下しを読む。
  2. 可能な限りは解説なしで自分の感想を持つ。
  3. 理解ができなければ各解説サイトを回遊して複数の翻訳や解説を確認する。
  4. 人名、地名、気になった単語などを検索する。
  5. 思いついたことをメモのようにTwitterにつぶやく。

これからもまずTwitterに呟く予定でこちらはあくまでもアーカイブとする。一周目に追いつくまで初見の読みを踏まえる。

集中力ややる気のない日やインスピレーションのこない日もあった。そのような日の歌は初見程度のボリュームになると思うがご容赦をいただきたい。

いずれ折口信夫や伊藤博の萬葉集釋注などを読んだうえでの感想も併記する。 https://www.pref.yamagata.jp/documents/3518/j11.pdf

今後の更新は急がない。本日は確定申告最終期日。

感想

日本生まれの純日本人なのに万葉集の一首目すら知らなかったことに気づいた。知人にも詳しい人はほとんどいない。万葉集というのはそういうものだ。

390まで読んだあとの感想と初見の感想はかなり違う。歌を芸術ととらえていた。芸術としての価値を探していた。誰がいつどこでなぜ詠んだのかが作品としての歌に影響してよいものかという問いを持っていたし万葉集も芸術として優れた歌の集であろうと期待していた。

今はそう思っていない。万葉集の歌は芸術に限らず千種万様で豊かだ。読了率は10%に満たないのでこれからも何度か変わるのかもしれない。

長歌とは

万葉集のことを全く知らずに読んだときまず短歌でないことに驚いた。相変わらず長歌が何なのかわからないけどとりあえず慣れた。

長歌が短歌になる、というのはどいう作用なのだろうか。口謡の歌であったものを木簡のサイズに置換することなのか。メディアや情報量の都合が関係すると感じる。

口謡から記述へ。句読点がない万葉仮名。やがて七五の維持や四三と二五が嫌われるなどの調べの習慣が生まれる。

長歌は人麻呂の頃すでに下火で人麻呂のみが続けていたとあった。長歌に口謡の記憶を想像する。

撰集の冒頭を飾る歌

万葉集は天皇御製歌からはじまる。これから登場するほとんどの人名に詳しくないし泊瀬稚武天皇つまり雄略天皇も初めて意識した。検索し以下の情報を得た。

考古学的に実在がほぼ確定している古墳時代の天皇

Wikipedia

現Wikipediaによれば古墳時代には大陸より文字がもたらされたとある。行動や関係の記録を文字に残されたことが考古学的実在証明の手段になるのだろう。

埼玉県の稲荷山古墳より出土した鉄剣の銘文にある「獲加多支鹵」(ワク(カク)カタキ(シ)ル(ロ))が『古事記』にある名称「大長谷若建」の中の「若建」(ワカタケルとしている)と『日本書紀』の名称「大泊瀬幼武」の中の「幼武」(これもワカタケルとしている)と類似しているとされていることから「考古学で存在が確認された最古の天皇」であるとされる。

Wikipedia

百人一首、八代集の冒頭で天智天皇御製歌から始まるのは百人一首だけ。八代集に天智天皇御製歌から始まるものはない。万葉集は八代集と性質が異なることがわかる。

参考 https://lapis.nichibun.ac.jp/waka/ など

秋の田のかりほの庵のとまをあらみわが衣手は露にぬれつつ 天智天皇

百人一首

としのうちに春はきにけりひととせをこそとやいはむことしとやいはむ 在原元方

古今集

ふる雪のみのしろ衣うちきつつ春きにけりとおとろかれぬる 敏行 藤原敏行朝臣

後撰集

はるたつといふはかりにや三吉野の山もかすみてけさは見ゆらん 忠峯 壬生忠岑

拾遺集

いかにねて-おくるあしたに-いふことそ-きのふをこそと-けふをことしと 小大君

後拾遺集

としのうちに-はるたつことを-かすかのの-ххなさへにも-しりにけるかな

金葉集

うちなひき-はるはきにけり-やまかはの-いはまのこほり-けふやとくらむ 顕季

金葉集・二度本

よしのやま-みねのしらゆき-いつきえて-けさはかすみの-たちかはるらむ 重之

金葉集・三奏本

こほりゐし-しかのからさき-うちとけて-ささなみよする-はるかせそふく 匡房

詞花集

はるのくるあしたのはらをみわたせは霞もけふそたちはしめける 俊頼 源俊頼朝臣

千載集

みよしのは山もかすみてしらゆきのふりにしさとに春はきにけり 藤原良経

新古今集

古今以降春の部立から始まる。そのため「春はきにけり」「春立つ」などの本意というべきか時間軸を題材にした歌が多い。万葉集は部立で分類されているわけではないが菜摘は春だからひとまず季節はそろっている。

この歌が万葉集の最も古い歌というわけではない。万葉集は時系列でもない。どのような配列なのか撰者の意図に興味がある。主宰や撰者(複数であろう)がだれなのか説は分かれている。このさき読み進めながら何度も推測・妄想を楽しむことになる。

妻問の歌

天皇御製歌とはいえ仰々しく神話めいた歌ではなく妻問から始まることにも驚きがあった。

初見では仰々しくみえなかったが十二分に仰々しいかもしれない。王威を示しているのだから。

男女神の創世神話を重ね合わせれば男が女に声をかけることは神話を示唆するととれなくもない。

妻問と恋はウィキソースの分類上別のものであることを念頭に置くべきだが万葉集を読めば恋愛の歌の重要性を意識するようになる。

仰々しくみえなかったという事実についてよく考えたい。

単語・固有名詞について

初見では歌について深く考える頭がなかったので人物や地名その他名詞に注目するしかなかった。考えることに慣れたところで単語にしか重きをみつけられない歌は少なくない。

人名はウィキペディアに、それ以外はウェブリオにそろえる。ウィキペディアの解説に誤りを見つけた方には積極的にウィキペディアを更新していただきたい。

泊瀬稚武天皇 雄略天皇 – Wikipedia

ワカタケル。最近ワカタケヒコの話題があったのでそれを連想したがそれよりも素直に「タケル」に注目するべきだろう。

古代、その地方威を振るっていた勇猛な種族長の称。「日本(やまと)—」「出雲—」

「たける」の意味や使い方 わかりやすく解説

泊瀬・初瀬は奈良県桜井市初瀬 (はせ) の古称。長谷寺、苗字の長谷川もこの地名に由来する。合わせると泊瀬の若き族長ということになる。

なおきちんと確認していないがワカタケヒコはヤマトタケルの子、ワカタケルはヤマトタケルから数えて5代目らしい。歴史初心者なのでちょっと名前が似ているだけで同一視したくなる。よくない癖だ。

掘串 堀串 – Weblio古語辞典

シャベルのようなもの。

そらみつ そらみつ – Weblio古語辞典

国名の「大和」にかかる枕詞。

泊瀬の若き族長が「大和」を統べたということがわかる。

※ 情報はウィキソースから引用 万葉集/第一巻 – Wikisource

題詞

雜歌 / 泊瀬朝倉宮御宇天皇代 [<大>泊瀬稚武天皇] / 天皇御製歌

原文

篭毛與 美篭母乳 布久思毛與 美夫君志持 此岳尓 菜採須兒 家吉閑名 告<紗>根 虚見津 山跡乃國者 押奈戸手 吾許曽居 師<吉>名倍手 吾己曽座 我<許>背齒 告目 家呼毛名雄母

訓読

篭もよ み篭持ち 堀串もよ み堀串持ち この岡に 菜摘ます子 家聞かな 告らさね そらみつ 大和の国は おしなべて 我れこそ居れ しきなべて 我れこそ座せ 我れこそば 告らめ 家をも名をも

仮名

こもよ みこもち ふくしもよ みぶくしもち このをかに なつますこ いへきかな のらさね そらみつ やまとのくには おしなべて われこそをれ しきなべて われこそませ われこそば のらめ いへをもなをも

翻訳

良いかごを持って、良い串を持って、この丘で菜(な)を摘むお嬢さん。君の家はどこかな、教えてくれないかな。私は大和の国を治めているものです。だから私には教えてくれるでしょうね、君の家も君の名前も。

たのしい万葉集

籠(かご)よ、美しい籠を持ち、掘串(ふくし)よ、美しい掘串を手に、この丘に菜を摘む娘よ。あなたはどこの家の娘か。名は何という。そらみつ大和の国は、すべてわたしが従えているのだ。すべてわたしが支配しているのだ。わたしこそ明かそう。家がらも、わが名も。

万葉百科

良いかごを持って、良い串を持って、この丘で菜(な)を摘むお嬢さん。君の家はどこかな、教えてくれないかな。私は大和の国を治めているものです。だから私には教えてくれるでしょうね、君の家も君の名前も。

たのしい万葉集

籠よ 立派な籠を持ち、掘串よ 立派な掘串をもって、
この岡に菜を摘んでおられる娘よ。家と名前を申せ。
この大和の国は、すべてこのわれが治めているのだ。
全体的にわれが支配しているのだ。
まずはわれこそ、家も名も教えてやろう

名著32『万葉集』

解釈

生殖は豊年に繋がる。天皇の求婚は豊年の予祝の意が込められている。国土支配者としての天皇の歌を冒頭に掲げ、祝賀としたのである。

高岡市万葉歴史館

現代ではたとえば男根の祭を奇祭だと取り上げるが生殖を根源的な力と崇める信仰が原初にあったとするのは腑に落ちる。その延長線上として天皇の求婚が豊作の予祝となるという説も腑に落ちる。

果たして未来に予祝の歌が詠まれ歌集に載ることはあるのだろうか。

論文等

発見次第記録したい。追加すべきものがあればご紹介いただきたい。

https://jwu.repo.nii.ac.jp/record/1009/files/KJ00000143217.pdf



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