高市岡本宮御宇天皇代 / 天皇登香具山望國之時御製歌
大和には 群山あれど とりよろふ 天の香具山 登り立ち 国見をすれば 国原は 煙立ち立つ 海原は 鴎立ち立つ うまし国ぞ 蜻蛉島 大和の国は
読書の記録
第一首目の記録をしていたら日が暮れた。引退して金に困っていない人ならいくらでも時間をかけられるだろう。現役なのでそういうわけにはいかない。
旧Twitterにメモを残すだけのルーティーンにしたのは負担を少なくすべくのことだった。リタイアを避けたいのでやはりボリュームを減らさねばならない。約4500首という途方もない歌集なのでご容赦を願いたい。
感想
単語はともかく文法の解説なく書き下しだけでなんとなく読めた。解説を読まずにわかる嬉しさ。
国家安泰の祈りを感じる。地賛が祈りに繋がるという考えは一首目で妻問が予祝とる話より直感できるのは僕だけだろうか。地賛の伝統を想う。
香具山でも国見山でもないが桜井の鳥見山というところに登り(宇陀市との境ではなくもう少し小さい鳥見山があった)町を見下ろしたことがある。竈の煙を想像する。国を一望し平和を祈る視点の主は国を統べる者と感じるのが自然だろう。
読み進めたあとの感想と初見の感想があまり変わらない。「うまし」と主観のあるものの景の力が強いところが秘訣だろうか。
客発句脇亭主
「順序」は僕が万葉集の編集指針を妄想するにあたり最重要視している。このあとも延々と前後関係にこだわる。答えのない問いと自覚しつつ楽しんでいる。さて一番目の歌と二番目の歌にはどのような関係性が見つけられるのか。
連歌には「客発句脇亭主」という作法がある。旅人が発句をとり宴の亭主が脇を返す。俳諧の連歌には芭蕉七部集には見事な主客の応答が残されている。
連歌・俳諧の連歌に限らず日本列島の宴の儀礼においては客が発信し亭主がそれを受け応える伝統が残っているらしい。食事や舞踊によって外部の者と交流する際の儀礼。折口信夫の『藝能六講』にも近い記述があったが戦時中のためかきわめて抽象の表現だった。
そこにある「客」とはどうも中央からの訪問客のように読めた。大雑把なイメージだが例えば正月頃に地方にやってくる大和政権の人間にどう対応するかということだ。中央権力の変動や詐称の客などを経て形式も変わるものの客と亭主の順序に敏感であったということだろう。
仮に上のプロトコルに照らし合わすならば一首目の作者雄略天皇が客となり、舒明天皇が「大和」を称える歌を返したかたちとなる。雄略天皇と舒明天皇の関係を知らないためなんともいえない。検索すると万世一系のゆらぐようなやや不穏な説を唱えるサイトなどを見かける。そのサイトの内容が本当かどうかは別として雄略天皇と舒明天皇の関係が以降の順序考にとって重要なことは間違いない。
いずれにせよ客と主人にあるのは対話であって対立ではない。雄略天皇と舒明天皇の関係に不幸な関係はありえない。国譲り伝説のように多民族が融合する歴史を妄想する。
単語・固有名詞について
地名を妄想する
この歌には景の感動があるが同時に地名も多い。人名と地名に注目すると叙事としての読みが強くなる。
蜻蛉島
蜻蛉島(あきづしま)が日本の別名だとは知らなかった。和歌の道は別名敷島の道だから敷島は知っていたのだが。
初回に続き日本生まれの純日本人なのに万葉集を知らないという実感があったが移民が増えれば「純日本人なのに」という言葉が差別ととられるかもしれないと反省した。そもそも純日本人とはなにを指すのか。
国名があるのは他の国が存在するからにほかならない。United Nationsとしての大和。多くの民族が融合し助け合ってできた国なのではないか。
天の香具山
大和三山のうち二番目の高さを誇る。百人一首の二首目も香具山を題材にしている。
春すぎて夏来にけらし白妙の衣ほすてふ天の香具山 持統天皇
香具山の信仰について語るほどの知識はない。下の歌の影響で山ごとにグループがあり香久山チームが勝ちぬいたというな印象が残っている。
香具山は畝傍ををしと耳梨と相争ひき神代よりかくにあるらし古も 然にあれこそうつせみも妻をあらそふらしき 中大兄皇子
随分と狭い範囲での戦いだ。太古の歴史らしくもある。
雄略天皇と舒明天皇の関係と香具山に付随するイメージが交差する。
※ 以下のちほど追記する
舒明天皇
※ 情報はウィキソースから引用 万葉集/第一巻 – Wikisource
題詞
高市岡本宮御宇天皇代 [息長足日廣額天皇] / 天皇登香具山望國之時御製歌
原文
山常庭 村山有等 取與呂布 天乃香具山 騰立 國見乎為者 國原波 煙立龍 海原波 加萬目立多都 怜A國曽 蜻嶋 八間跡能國者
訓読
大和には 群山あれど とりよろふ 天の香具山 登り立ち 国見をすれば 国原は 煙立ち立つ 海原は 鴎立ち立つ うまし国ぞ 蜻蛉島 大和の国は
仮名
やまとには むらやまあれど とりよろふ あめのかぐやま のぼりたち くにみをすれば くにはらは けぶりたちたつ うなはらは かまめたちたつ うましくにぞ あきづしま やまとのくには
翻訳
大和(やまと)にはたくさんの山があるが、特に良い天(あめ)の香具山(かぐやま)に登って、国を見渡せば、国の原には煙(けぶり)があちこちで立ち上っているし、海には、鴎(かまめ)が飛び交っている。本当に良い国だ、蜻蛉島(あきづしま)の大和の国は。
たのしい万葉集
大和には多くの山があるが、とりわけてりっぱに装っている天の香具山、その頂に登り立って国見をすると、国土には炊煙がさかんに立ち、海上には鴎がしきりに飛び立っている。美しい国よ。蜻蛉(あきづ)島大和の国は。
万葉百科
大和には多くの山があるけれど とりわけ立派な天の香具山 その頂に登って大和の国を見渡せば 土地からはご飯を炊く煙がたくさん立っているよ 池には水鳥たちがたくさん飛び交っているよ ほんとうに美しい国だ この蜻蛉島大和の国は
万葉集入門
解釈
春の初め高い所に登って国土自然を見渡す国見(望国)は、元来民間の予祝行事として行われた春山入りの儀礼的部分として、歌垣と共に一つの行事を形作っていた。一年の初めにあたって、自分たちの住む国土自然を見て、それを讃える歌を謡うことは、予祝儀礼として豊穣繁栄や健康長寿をもたらす呪術としての意義があった。
高岡市万葉歴史館
その民間の行事を、中国の天子の支配儀礼に倣い、為政者が高所に登って四方を観望し、国情を判断する政治的儀礼として取り込んでいったのが天皇の国見である。
歌垣と共になる行事とは同時にするということだろうか。それとも対になっているというだけで別に執り行われるの行事なのだろうか。いずれにせよ第一首目の妻問は歌垣の予祝で二首目は国見の予祝という対になっていると理解した。
論文等
発見次第記録したい。追加すべきものがあればご紹介いただきたい。
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